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「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

2026.04.28

チームが勝つために必要なことを、誰かが毎日やり続けている。その積み重ねが、あとからチームの空気を変えていく。名古屋ダイヤモンドドルフィンズ今村佳太は、そういうタイプの選手だ。

派手な言葉で引っ張るより、誰よりも早くコートに入り、誰よりも準備する。今シーズンはダブルキャプテンとして、プレーだけでなく、過ごし方そのものをチームに示している。取材中、何度も出てきたのは「行動で見せる」という言葉だった。

そんな今村選手が選んだのは、バスケットボール選手としての原点が詰まった一足だった。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

「行動で示す」今村選手のキャプテンシー


今シーズン、今村選手にとって大きく変わったのは、ダブルキャプテンという役割を担ったことだった。

自分は言葉で引っ張るより、行動で示すタイプ。そう語る彼は、試合の日も練習の日も、誰より早く会場に入り、準備の時間をつくる。ワークアウトも、トレーニングも、バスケットボールについて考える時間も含めて、その姿勢ごと見せることが自分なりのキャプテンシーだという。

ただ練習するだけでは勝てない。日々の積み重ねが、最後は試合に直結する。その実感があるからこそ、今村選手は“基準”を自分で下げない。チームに必要なのは、正しいことを言う人より、続ける人なのかもしれない。そんなことを思わせるリーダー像だ。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

「見られないなら、残すしかない」反骨心が育てたキャリア


今村選手のキャリアをたどると、ずっと順風満帆だったわけではない。新潟でバスケットボールを始めたのは小学校1年生。両親も兄姉もバスケをしていて、幼い頃からその環境の中にいた。だが、高校時代までは全国に届くような実績があったわけではない。長岡工業でも、思い描いた終わり方はできなかった。本人の中には、悔しさがはっきり残っていた。

それでも大学進学のタイミングで声をかけてもらい、道が開けた。親とは進路でぶつかり、安定した道を勧められたこともあったが、最終的に背中を押したのは兄の言葉だった。チャンスがあるのに、そこから降りるのは違う。そう言われ、自分で決めた。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

今村選手は、自分を“ノンキャリア”側の人間だったと見ている。普通にいいプレーをしているだけでは、見てもらえないかもしれない。だったら、それなりのインパクトを残し続けるしかない。そのプレッシャーを、自分にかけ続けてきた。節目で強い理由も、たぶんそこにある。

見られないなら、残すしかない。その反骨心が、いまの今村佳太を支えている。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

初任給でようやく手が届いた「ジョーダン」


今回選んだ一足について話し始めたとき、今村選手の声色は少しだけ変わった。

学生時代からスニーカーはずっと好きだった。けれど、当時は高い一足を自由に買えるわけじゃない。大学時代もバスケットボールに全振りさせてもらっていたぶん、スニーカーにまでお金は回せなかったという。欲しい気持ちは、ずっとあった。

だからこそ、給料をもらってからの記憶は鮮明だ。

最初は両親にご飯をごちそうしようと思った。その次にしたかったことが、ジョーダンを買うことだった。ナイキのショップに連れていってもらい、ようやく手に入れた一足。大学を出た頃は、そのくらいスニーカーが好きで、給料の使い道もほとんどそれだったと振り返る。

今回選んだのも、やはりジョーダン。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

「スニーカーで話をするなら、バスケットボール選手としてはこれなのかなと思った」と話す。今でもデニムに合わせると気分が上がるし、赤と黒のカラーリングにも惹かれている。

年齢とともに好みは少しずつ変わってきた。最近はローカットや革靴も履く。それでも、原点として好きなのはジョーダンだ。いつになっても持っていたいと思える靴。そう言える一足があるのは、強い。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

いろんなポジションをやったから今の自分がある


今村選手は、最初から今の役割だったわけではない。小さい頃は身長が低く、中学まではポイントガード。そこから身長が伸び、大学ではチーム事情もあって4番までやった。シューティングガードとポイントガードの間だけでなく、いろんなポジションを経験してきたことが、いまの自分の土台になっているという。

点を取るのは好きだった。でも、ひとつの役割だけで生きてきた選手ではない。運ぶことも、つなぐことも、支えることもやってきた。

だから今シーズン、3Pシュートや得点力を期待される一方で、キャプテンとしての振る舞いまで求められているのは、たまたまじゃない。自分の仕事を限定しなかったキャリアが、そのまま現在地につながっている。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

強いチームは「会話ができる」


今村選手が今シーズンのチームについて何度も口にしたのは、能力だけではなかった。

人間性のいい選手が揃っていること。
誰かの行動や発言に、ちゃんと気づける選手が多いこと。
そして、会話ができること。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

時にはコーチとぶつかることもある。でも、それを悪いことだとは思っていない。会話しなければ、お互いを理解できないからだ。全部を真に受けるのではなく、受け流すべきところは受け流せる。そのバランスが、いまのチームの成熟につながっていると感じている。

勝つチームのカルチャーは、突然できるものではない。誰かの準備と、誰かの反応と、誰かの対話が積み重なって、少しずつ形になる。

今村佳太が今シーズンやっているのは、きっとそういう仕事だ。

原点を忘れない人は「強い」


小学校1年生で初めて打ったシュートの感覚を、今村選手はまだ覚えている。真正面から、両手で打ったシュートがきれいに入った。その瞬間に、一気にハマった感覚があったという。

あの日の楽しさ。
高校時代に思い通りに終われなかった悔しさ。
見てもらえないなら、残すしかないという反骨心。
そして、最初の給料でようやく買えたジョーダン。

その全部が、いまのプレーにつながっている。

今村佳太という選手は、華やかな言葉より、積み重ねで語る人だ。誰よりも早く準備し、誰よりも自分にプレッシャーをかけ、必要な場面で結果を残してきた。選んだ一足もまた、そのキャリアと同じだ。憧れだけでは終わらせず、自分のものとして履いてきた靴。

「見られないなら、残すしかない」名古屋ダイヤモンドドルフィンズ・今村佳太の宝物『僕をつくった、あの1足。』

原点を忘れない人は、強い。今村選手のバスケットボールを見ていると、そう思う。

あの頃の感情にいちばん近かった音楽は

高校から大学にかけて、今村選手がよく聴いていたのはRADWIMPSだった。本人も「めっちゃ女々しい歌を聞いてました」と笑って振り返るが、その言葉には、当時の自分を少し照れながらも否定しない感覚がにじんでいる。

特に印象に残っているのは「狭心症」。歌詞の意味を当時から完全に理解していたわけではないという。それでも何度も聴いてしまったのは、理屈より先に、自分の感情に引っかかる何かがあったからだろう。友人もRADWIMPSが好きで、アルバムを貸し借りしながら、MDに入れて聴いていたというエピソードにも、その時代ならではの空気が残る。

試合前に自分を奮い立たせるための音楽というより、日々の気分や感情に自然と寄り添っていた存在。少し青くて、少し気恥ずかしくて、でもたしかに自分をつくっていた音楽。RADWIMPSは、今村選手にとって、そんな10代から20代の輪郭そのものだった。

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