「相手にタイムアウトを取らせる3点が好き」ライジングゼファーフクオカ・狩野祐介が選んだ黒白ダンク『僕をつくった、あの1足。』
Bリーガーの「原点」となった1足にフォーカスする連載企画。今回登場するのは、ライジングゼファーフクオカ・狩野祐介選手。35歳(2026年現在)、長く第一線でプレーを続けてきたベテランでありながら、その言葉は驚くほど静かで、実感に満ちていた。
今の彼がコートで担っているのは、ただ3ポイントを決めることではない。ここぞという場面で1本を沈め、相手にタイムアウトを取らせること。流れを変えること。そして、少しずつズレはじめたチームの視線を、もう一度同じ方向へ戻すことだ。
そんな狩野選手が今回選んだのは、『NIKE(ナイキ)』ダンクLOWレトロ。白と黒だけで構成された、無駄のない1足だった。そこには、派手さよりも“続けていくこと”を知った大人の感覚が、はっきりと表れていた。

「相手にタイムアウトを取らせる」それが今の仕事
「僕自身、外国籍選手みたいに1試合で何本も打つタイプではないんです。でも、ここぞという場面で3ポイントを決めて、相手にタイムアウトを取らせる。そういう嫌なところで決めるのが、自分の仕事かなと思っています」

狩野選手が語る“いい3点”は、ただの3点ではない。1本のシュートで会場の空気が変わり、そのまま5点、10点と流れが傾いていく。だからこそ、相手ベンチはたまらずタイムアウトを取る。その瞬間が、たまらなく気持ちいいのだという。
派手な得点力より、試合の潮目を読む力。35歳になった今の狩野選手には、数字だけでは測れない価値がある。
もうひとつ、彼が自分の役割として挙げたのが、試合中に仲間を集めることだった。
「雰囲気が悪くなった時とか、みんなの目線がバラバラになった時に、5人を集めるんです。集めて、何も言わないこともあります。でも、顔を見て、一回同じ方向を向くだけで違うので」

プレー中の苛立ち、自分への不満、審判への感情。そうしたものが少しずつチームを分断していく。その危うさを、彼は知っている。だから、ほんの数秒でもいいから集まる。それは技術ではない。経験の中で受け継がれてきた“チームを壊さないための作法”だ。
今はハイカットより黒白ダンクがしっくりくる
今回選んだシューズについて尋ねると、狩野選手は「もともと昔からローカットが好きなんです」と即答した。
バスケットボール選手といえば、ハイカットのイメージが強い。だが、彼は昔からそれが少し苦手だったという。足元にボリュームが出すぎるより、すっきりとしたローカットのほうが自分のスタイルに合う。そう思ってきた。

「私服にも合わせやすいですし、今はやっぱり黒とかベーシックな服が多いので。なんでも合わせやすい色がいいなと思って、このモデルにしました」
選んだのは、白黒のダンクLOWレトロ。派手さはない。けれど、年齢を重ねた今の彼には、その“普通っぽさ”がちょうどいい。

若い頃は、赤いシューズに惹かれていた。目立つから。かっこいいから。実際、その記憶はいまも鮮明に残っている。
「運動会で赤いシューズを履いた時、友達に『かっこいい』って言われたのをすごく覚えています。あの頃はナイキを履いてる子もそこまで多くなかったし、赤ってやっぱり目立つんですよね」
坊主頭で、背が高くて、赤いシューズを履いて学校へ行く。その情景ごと、記憶に焼きついている。
気に入ったものは潰れるまで履くタイプだという狩野選手らしく、その1足も長く履いた。やがてエアフォース1に移り、大人になってからはエアマックスも試した。いろいろ履いてみたうえで、結局、自分の服装や生活に合うものへ戻ってきた。
若い頃の“目立ちたい”から、今の“馴染ませたい”へ。足元の選び方にも、年齢の重なり方が出る。

片道1時間半。中学時代の越境通学が土台に
狩野選手の話で印象的だったのは、バスケットの技術そのものより、中学時代の生活の過酷さだった。
福岡市内の強豪校に通うため、地元から片道1時間半。朝は5時起き、5時半に家を出る。バスと電車とバスを乗り継ぎ、部活を終えて帰宅するのは夜10時半近く。食事をして寝る頃には、日付が変わっていた。
「その時は、きついとは思ってなかったんですよね。上手くなりたい一心だったので」
今振り返れば、とても中学生の生活とは思えない。だが、その無理を“無理”と思わずに続けられたのは、そこに明確な目的があったからだ。

しかも、その進学は最初から決まっていたわけではない。地元の中学に進むはずだったところから、自分の意思で別の道を選び、入学の2週間前に急きょ進路が決まった。周囲の大人たちが動き、つないでくれて、ようやく実現した越境通学だった。
台風の日には同級生の家に泊まり、試合が早朝なら前日から市内に残ることもあった。ひとりで頑張ったわけではない。多くの人に支えられて、ようやく成り立っていた日々だった。
だからこそ今、彼は“感謝”という言葉を軽く扱わない。
片道1時間半の通学を支えた、あの頃の3曲
狩野選手の記憶をたどっていくと、赤いシューズの印象と同じくらい、音楽の存在も大きかったという。
中学時代、福岡市内の強豪校へ通うために続けていた片道1時間半の通学。朝はまだ暗いうちに家を出て、バスと電車を乗り継ぎながら学校へ向かう。その長い移動時間をともにしていたのが、当時よく聴いていた曲たちだった。
なかでも印象に残っているのが、nobodyknows+の「ココロオドル」、ORANGERANGEの「花」、そしてMEGARYUの「夜空に咲く花」。時代の空気をまとったその3曲を挙げながら、狩野選手は「あの頃に聴いていた曲」として記憶をたぐり寄せる。
きっと当時は、音楽そのものを深く分析して聴いていたわけではない。ただ、眠気の残る朝も、練習を終えて疲れ切った帰り道も、その曲が流れることで少しだけ自分のリズムを取り戻せたのだと思う。プロを目指す中学生にとって、毎日の移動は決して軽くなかった。だからこそ、その時間に寄り添ってくれる音楽が、記憶の奥に残っている。
赤いシューズを履いていたあの頃の自分。坊主頭で、背が高くて、少し目立って、バスケットが何より大事だった時期。その風景を思い出す時、足元の色だけではなく、耳の奥に残っているメロディもまた、狩野祐介という選手の原点を形づくっている。
今の時代、うまさの前に人としてどうあるか
「その時の自分に言うなら、もっと謙虚でいろ、ですね」
これが今回の取材で、いちばん強く残った言葉かもしれない。狩野選手は、中高生の頃の自分を振り返って、「あの頃は自分が一番だと思っていた」とはっきり言った。ありがとうが足りなかった。支えてもらうことを、当たり前みたいに受け取っていた。その記憶があるから、今はなおさら伝えたいことがある。
たとえば、挨拶。
たとえば、気配り。
たとえば、ドリンクを持ってきてもらった時の受け取り方。
ほんの小さな所作に、その人が出る。
「今の子たちも、プレーは本当に上手いです。でも、長くやっていくには、それ以外の部分がすごく大事になると思っています。最終的には、人として見られるので」
技術がある選手はたくさんいる。でも、一緒にやりたいと思われる選手は、そこまで多くない。

わざとでもいいから続けること。最初は形だけでもいいから、挨拶をすること。
感謝を言葉にすること。そういうことを積み重ねた人が、結局は長く残る。
コートの上でも、人生でも。狩野祐介という選手は、そのことをキャリアの後半に入った今、実感として知っている。
黒白のダンクLOWレトロは、そんな彼の今によく似ていた。目立ちすぎない。けれど、どんな服にも、どんな日常にも自然に馴染む。派手さで勝つのではなく、ちゃんと続くことを選ぶ1足。

あの頃、赤いシューズで“かっこいい”と言われた少年は、いま、相手にタイムアウトを取らせる3点を武器にしながら、もっと大きなことを見ている。
勝つことだけではない。
長くプレーすること。長く信頼されること。
そのために必要なのは、うまさの前に、人としてどうあるか——。
狩野選手の言葉は、そんな当たり前で、いちばん難しいことを思い出させてくれた。



