
「山の台所は、走りながら育つ」サロモンを手に入れたシェフの日常【七郎兵衞カフェ・平原孝将さん】
英語で交差点を意味する「CROSSROAD」。
様々な分野で一直線に邁進するプレイヤーの「ターニングポイント」を振り返る本企画。そのポイントの以前・以後では何が変わったか。そして、変わらずに足元を支えていた“相棒”とも言えるシューズについて語る。
長野県・野沢温泉村の夜、木肌の店に灯りがこぼれる。やすらぎの宿「白樺」に併設する七郎兵衛カフェ。ナチュラルワインと地元の食材で組むコースを提供する(冬季)。厨房を束ねるのは、シェフの平原孝将さんだ。
生まれは長野、育ちは関東。和食の現場で働きながら専門学校に通い、やがて製菓へも足を伸ばす。吉祥寺のレストランで腕を磨いたのち、縁あって野沢温泉村へ——
転機は突然の“ひとり台所”
2017年、先に赴任していたシェフに誘われて野沢温泉村へ。はじめはパティシエとして菓子を担った。そして2020年。呼んでくれたシェフが独立し、店はほぼ平原さんひとりに。しかもコロナ禍が重なった。
「メニューもドリンクも、全部自分で組むしかない。怖さより“やってみたい”が勝ちました」
この時を境に、店はナチュラルワインを軸に、地元の食材で構成する“村のビストロ”へと舵を切る。菓子づくりの精度を料理に持ち込み、季節に合わせて形を変える今のスタイルが定まった。
野沢温泉村で暮らすことは、祭りに触れることでもある。平原さんは湯沢神社の“猿田彦”の舞の担い手となり、火を扱う演目を任されるまでになった。
「移住者だけど、ちゃんと“村の人”として受け入れてもらえる。それが嬉しい」
世代を越えて顔がつながり、食卓の会話が変わる。料理は“場所の味”になっていく。
もうひとつの転機——走る理由ができた
親の病をきっかけに、身体づくりとしてトレイルランを始めた。走るコースは、仕入れと下見を兼ねる。
「黒文字の木、山椒、ふきのとう……。食材を取りに走るんです」
レースでもついキョロキョロしてしまうのはご愛敬。順位は二の次でも、結果は着実に上がっていく。立ち仕事で鍛えられた脚と、台所の持久力がそのままエンジンだ。
「エックスアドベンチャー ゴアテックス」の物語
“走る料理人”のベースは、ゴアテックスの一足。『サロモン(SALOMON)』エックスアドベンチャー ゴアテックス<X-ADVENTURE GTX>。
防水性は山菜採りや畑のぬかるみで威力を発揮し、グリップは濡れた木床や雪解けの路面でも心強い。軽さは長い仕込みを支え、薄めのスタックは背の高い平原さんにちょうどいい作業姿勢をくれる。
「長靴や艶やかなコックシューズより、台所から外へそのまま出られる機能と顔がある」
全身は黒でまとめるのが仕事着。黒のソックス×黒のエックスアドベンチャー ゴアテックスが、厨房とまちを自然につなぐ。
朝はやすらぎの宿「白樺」のため、いちばんに米をとぎ、湯気の立つ厨房に立つ。パン生地を休ませ、畑の様子を見に数分だけ外へ出る——台所と屋外を何度も往復するのが、ここでの仕事のかたちだ。雨粒が木の庇をたたく日も、雪解けの水が路面を走る日も、足元の一足が濡れを気にせず背中を押す。仕込みとサービスのあいだに、北竜湖方面へ短い“回復走”。山椒の若芽、黒文字の枝ぶり、ふきのとうの気配を目に入れて、次の皿の組み立てが頭の中で自然に始まる。
夜はワインのグラスが重なり、客の会話が波のように寄せては返す。濡れた木床やデッキでも、靴底は静かに「止まる」、——それだけで、手元の集中は一段と深くなる。台所からまちへ、まちから山へ。一日の移動が一筆書きになる感覚が心地いいのだ。走る理由も、料理を続ける理由も、実は同じだ。土地の機嫌をよく観察すること。季節に合わせて、身体と味を整えること。そうして迎える閉店後、外へ出た瞬間に吸い込む冷たい空気の清澄さまでが、今日の一皿の余韻になる。
「走るのは健康のため。だけど半分は“食材探し”。台所と山が一本の道でつながっている感覚が好きです」
これから——“家”というフィールドで
昨年、家を買った。田畑があり、米づくりも始める。
「レストランにこだわらず、加工品やお菓子をつくる工房も持ちたい。ふるさと納税の返礼品にも挑戦したいし、民泊もいつか」
鹿の血を卵の代わりに使ったガトーショコラや、黒文字の香りの生チョコ。土地の循環を皿の上で完成させるような、ここにしかない甘さと滋味を、もっと遠くへ。
野沢温泉村の台所は、今日もよく動く。朝の炊き立ての湯気から、夜のワイングラスまで。“場所が味を決める”という当たり前を、ひとつずつ積み上げるために。
その足元には、サロモンのシューズがある。厨房と外の境界をまたぐたび、靴底に少しずつこの村の季節が刻まれていく。