挑戦と無念と……。バスケW杯トルコ戦を現地目線で【前編】
選手入場セレモニー前の練習で、最後までコートに残ってシュートを打ち続けていたのは、ニック・ファジーカスだった。ニックが時間ぎりぎりまでシュート練習をする姿は、Bリーグの試合でよく見る光景。W杯1戦目でもいつもと変わらないニックの姿を見て、少し安心して席に着いた。
上海は、朝から静かな雨が降り続いていた。9月1日、上海オリエンタルスポーツセンターで行われたW杯1次ラウンド日本vsトルコの1戦、観客席は空席が目立っていた。現地の人に聞くと、1日通しチケットを買った人たちが、次のアメリカvsチェコ戦から見にくるからではないかとのこと。それが事実なら寂しいけれど、それでもゴール前に陣取った日本の応援団をはじめ、映像には映らない2・3階席には日本から多くの人が応援に駆けつけ、ティップオフ前には大きな『ニッポン!』コールが湧き上がった。
FIBAランキング48位の日本が、同ランキング17位のトルコと戦う。厳しい試合になると分かっている……それでも、日本代表の選手たちがこれまで積み重ねてきた努力を出し切ってほしい。そうすれば、もしかしたら、もしかしたら……そんな希望のともしびは、会場のあちこちで灯っていたように思う。
長い長い、バスケW杯トルコ戦の2分半
エルサン・イリヤソバ(208cm、ミルウォーキー・バックス)、セディ・オスマン(200cm、クリーブランド・キャバリアーズ)、フルカン・コルクマツ(200cm、フィラデルフィア・76ers)と3人の現役NBAプレーヤーを擁するトルコ。一方の日本は、今年NBAドラフト一巡目でワシントン・ウィザーズから指名を受けた八村塁(205cm)、メンフィス・グリズリーズと2ウェイ契約の渡邊雄太(208cm)、元NBAプレーヤーで、昨年4月に日本国籍を取得したニック・ファジーカス(211cm)、Bリーグ川崎ブレイブサンダース・篠山竜青(178cm)、宇都宮ブレックス・比江島慎(190cm)というスターティング5。
日本は観客席に伝わるくらいの緊張感があり、立ち上がりからトルコに圧倒され約2分半のあいだ無得点。観客にとって長い長い2分半のあと、ニックの3Pシュートで初得点して3-6。
その後、トルコの激しいディフェンスを前に、八村になかなかパスが通らないまま3-13と点差が開く。開始4分20秒で比江島のディフェンスからファストブレイクでニックのレイアップが決まって、日本は少し落ち着いたようす。しかし、イリヤソバの3Pシュートが止まらない。シュートチャンスをつかんだ選手が確実にシュートを決めるトルコに対して、日本はトルコのディフェンスを崩せず打たされるシュートも多く、12-28で1Qが終了。
これが、本気の世界の戦いか……。Bリーグの試合では大きく見えるニックが、このコートでは目立たないと言ったら、対戦相手の体格やパワーが伝わるだろうか。トルコのシュート精度もスピードも、勝利への執念も、見ていて圧倒された。世界の舞台とは、各国で選ばれた最高の選手たちが各々の経験を持ち寄って国のプライドをかけてぶつかり合うもの。国際舞台から遠のいていた日本に経験が足りていないのは確かだけれど、このままでは終わらないと信じられるくらいに、日本代表の努力の足跡は見てきた。私たちの代表は、まだまだやれるはず……!
硬さが取れてきた2Q終盤、八村のダンクで12点差に。
2Qは篠山に代わって、PG田中大貴でスタート。開始50秒でイリヤソバの鮮やかな3Pシュートが決まり、会場から大きなためいきがもれる。会場には中国のバスケファンも多くいて、チームに関係なく素晴らしいプレーには賞賛の声があがる。世界最高峰のプレーを純粋に楽しむ観客席の一体感は、バスケ好きとして感動する時間だった。
開始2分40秒で渡邊の3Pシュートが決まって18-31、田中、ニックが立て続けに3Pシュートを決めるも、トルコもコンスタントに得点を重ね、13点前後で時計が進む。5分経過したところで渡邊がコルクマツのシュートをブロックショット、残り45秒にはイリヤソバを交わして八村が左手で豪快なダンクを決め、35-47で前半終了。
世界の舞台への第一歩は……。
会場の飲食は、ポップコーンなどの軽食とコーヒー・お茶・コーラなどの飲みものと選択肢は少なめ。無難にお茶を選んだら、緑茶に砂糖が入っているという海外の洗礼! なかなか日本人の味覚には合わない砂糖入り茶を、“紅茶みたいなものだ”と言い聞かせて飲みほして、3Qスタート。
ハーフタイムを終えてコートに戻ってきた日本選手の表情から、硬さが消えている。日本の応援席も12点差ならまだいける、という前向きな雰囲気。
3Q開始2分45秒、ニックがジャンプショットを決めて38-49の11点差にする。しかしそこからの日本はターンオーバーが多く、トルコのファストブレイクも止められずに46-67と21点まで点差が広がる。八村がペイントエリアでボールをもらっても、トルコは3人がかりで止めにくるなど、日本の得点源を徹底的にマークされる。それでも、田中がブザービーターで3Pシュートを鮮やかに決めて49-67にすると、客席は大熱狂! なんとか10点台の点差で3Qを終える。
4Q開始30秒、渡邊がスティールからシュートを沈めて51-67。その後、田中がドライブからレイアップを決めてバスケットカウントももぎ取るなど、何度か反撃のチャンスをつくるが、どうしても良い流れが続かない。4Q中盤で20点以上の差がついても、選手たちはどうにか状況を打破しようとしていたし、日本の応援も、1点でも多く得点することを祈っていた。しかし、高確率で入るトルコのシュートに対して、日本は要所で得点できず67-86で試合終了。
あっという間の40分間だった。W杯前の国際試合で見せていた八村の豪快なプレーも、比江島の相手を翻弄するドライブもほとんど見られなかった。まずはディフェンスを立て直して、次のオフェンスこそは、次こそは……と、見ているほうも気持ちが焦っていたからなのか、時間は本当にあっという間に過ぎていった。
篠山キャプテンが肩をおとす選手たちを先導して、客席に一礼をうながす。選手たちの悔しそうな表情を見るのがきつい。それでも、ここから這い上がる選手たちの姿に勇気をもらえるのも、バスケを応援する醍醐味のひとつだ。
スタジアムの外に出ると、帰る人と、アメリカvsチェコ戦を観にきた人が混ざってごった返していた。同じ敷地にあるプールの外壁には、中国の国旗が投影されて地面を真っ赤に染めている。改めて実感する。ここは上海で、舞台はW杯だ。FIBAから制裁を受けて、日本が国際試合に出られなかった5年前から見たら、上海でW杯を戦う代表を応援したこの日は、日本バスケ界にとって世界の舞台への大きな一歩だったのだ。この意味を、もっとも深く受け止めていたのは選手たちだろう。
試合後、選手たちは国際舞台の経験不足による出だしの悪さや、徹底した八村へのディフェンスなどで、日本らしいプレーができなかったことについてコメントをしていた。それでも2日後にはチェコ戦が待っている。トルコ戦で露呈したウィークポイントを1日でどう修正して、どう気持ちを上げていくのか。きっと眠れない夜を過ごしている選手たちが、少しでも心身をリセットできるように願う。
そして、チェコ戦――。
日本のスターティング5は、馬場雄大(198cm)、田中、渡邊、ニック、八村。この日が28歳の誕生日だった田中は、自身の誕生日を祝うように1Qで連続シュートを決める。会場には、田中が所属するアルバルク東京のTシャツを着たファンが多く駆けつけている。チームも会場も、「さあ、勝とう」という雰囲気がある。これは良い試合になりそう……!
文:石川歩
写真:FIBA.com