「仲間が笑うかなと思って」あえてのグラサンコーデで盛り上げる横浜ビー・コルセアーズ田渡凌選手<Bリーグ×ファッションの密な関係Vol.9>
2018-19シーズン真っ最中のBリーグ。日本プロバスケットボールの最高峰B1リーグは、18チームが東・中・西地区に分かれて、毎週アツい戦いを繰り広げています。
時には週に3試合をこなすBリーガーのプライベートファッションを追う『Bリーグ×ファッションの密な関係』9回目は、横浜ビー・コルセアーズのポイントガード田渡凌選手(25歳)にインタビュー! 高校バスケの名門・京北高校バスケットボール部の監督を父に持つ田渡選手は、高校卒業後にアメリカに渡り、ドミニカン大学でプレーをしてきました。2017年から横浜ビー・コルセアーズに所属し、ユニバーシアードの日本代表にも選ばれている実力者。今回は、シーズン中のタイトなスケジュールの合間をぬって、インタビューにこたえてくれました。
アメリカ留学で変わった、田渡選手のファッション論
——田渡選手は3人兄弟の末っ子で3人ともBリーガー。お父さんがバスケの名門高校の監督で、“田渡3兄弟”としてバスケファンの間でよく知られています。田渡選手は、いつからバスケを始めたのですか?
「3歳です。3歳からほぼ毎日バスケをしていて、遊びに行くことがなかったのでファッションにこだわる時間がなかった。学校は制服で部活はジャージ、私服を着る時間がほとんど無かったので、このファッションの取材を受けられて楽しいし嬉しい! バスケットボールのことを聞かれる取材はたくさんあって、そこでは他の選手と同列で埋もれちゃうかもしれないけれど、私服の取材は珍しいから目立ちたい! 嬉しいです!」
——喜んでもらえて私たちもうれしいです! 3歳からバスケ一筋だと、たしかに私服を着る機会は少ないですね。今日の私服はとってもおしゃれですが、田渡選手が私服を意識して着はじめたのはいつですか?
「高校を卒業してアメリカに留学してからです。ルームメイトが身長195cmのオーストラリア人で、スタイルが良くて、おしゃれでモテる完璧な人だった。彼が着ているもの・履いているものから影響を受けたし、いろいろ教えてくれました。海外では日本よりドレスアップするシーンが多くて、そういう洋服文化に触れてきたし、アメリカではバスケ選手がカッコいい服でキメているのは普通のことだったので、間近で見てコーディネートを真似していました。僕もドレスアップしないといけないシーンが増えて、服への意識が変わった。
僕はシャツが好きで、カラフルなシャツをよく着るのですが、それもアメリカでセミフォーマルな服を着ていた影響が大きいです。日本に帰ってきて、自分でお金を稼ぐようになったから、それまで欲しいと思っていた服を少しずつ買っているところです」
大人の階段を上った、『ホーキンスブーツ』
——今日は、GAPのTシャツ・リーバイスのGジャン・ユニクロの黒パンツ、Forever21のソックスで来てくれました。靴はどこのものですか?
「ホーキンス(HAWKINS)の黒ブーツです。ホーキンスは僕のなかでは大人っぽいイメージがあって、僕もそろそろ大人の階段を上ろうと思って、買いました(笑)。スニーカーをアディダスから提供していただいているので、靴を買うためにいろんなお店を見て回るという機会があまりないのですが、靴が好きなんです。これからいろんなお店を見ていこうと思っています」
——他に、好きなブランドはありますか?
「ZARAは、デザインに遊び心があって好きです。あとは、僕の知り合いがやっている『XXⅢ C’est Vingt-Trois(セバントゥア)』もよく着ます。個性的なデザインなのに、どんな服にも合わせやすくて可愛い。靴は、プライベートではスニーカーはあまり履かなくて、ローファーやドレスシューズが好きでよく履きます。
サングラスとメガネも好きで、トムブラウンのダテメガネをかけて出かけることが多いです。今日はレイバンのサングラスをかけてきたんだけど、これは今日の練習がお葬式みたいに暗かったから(笑)、チームメイトにウケるかなと思って遊びで持ってきました」
——カジュアルよりもフォーマルな服装をするのは、アメリカ留学中の影響ですね。この前に取材した湊谷アレクシス選手は田渡選手とは逆で、“シンプルカジュアル”一択でした。
「僕は普段からきっちりした服を着るのが好きです。シーズン中は私服を着る機会が少ないので、着るときはきちんとしていたい。試合に行くときも、できるだけ私服でおしゃれをしていきます。そのほうが試合前の気分が上がるし、ファンの人も見てくれると思うから。遠征もおしゃれして行くのですが、チームメイトからは、“どこに旅行に行くの?”って突っ込まれる(笑)。
アレクさん(編注:湊谷選手のニックネーム)は、本当にスウェット派。でも、彼は何をしてもかっこいいから良いんですよ。僕みたいに、頑張らないとアレクさんのステージに立てない人は、コツコツ努力しないといけないの(笑)」
アルバルク東京・安藤誓哉選手との対決は……?
——田渡選手は、第6回に登場したアルバルク東京・安藤誓哉選手と幼なじみなのですね。安藤選手のコーディネートは見ましたか?
「誓哉くんとは6歳から一緒にバスケをしています。誓哉くんのページは見たけれど、絶対、僕の記事のほうが面白くなるよ! あのコーディネートは“爽やか誓哉くん”を演じていますね。いつもは、もっとギラギラしていますもん。
最初にこの取材の話が来たときに、もしかして誓哉くんと対談か? とうとう僕たちの時代が来たか! って思ったの。対談企画、“ナイトライフファッション”というテーマでやりましょうよ(笑)」
——“ギラギラBリーガーファッション”楽しそう! 企画します。安藤選手とはプライベートでも会いますか? 試合で対戦するときはどんな気持ちなのでしょう?
「誓哉くんとは、六本木や表参道で会います。誕生日が2週間くらいしか違わないので、人を集めて合同誕生日パーティもしました。アルバルク戦は超楽しみです! 留学中も帰国したときは一緒にトレーニングをしていたし、誓哉くんは人生で一番多く対戦していてお互いに知り尽くしている相手だから。誓哉くんだから勝ちたいライバル心よりも、どんな相手でも対戦するポイントガードには勝ちたいです。僕はかなりの負けず嫌いなんです」
「1日を自分の最大限で生きる」。アメリカ帰りBリーガー
——田渡選手は、試合ではアディダス(adidas)のHarden Vol. 2を履いています。このシューズを選んでいる理由は?
「ジェームス・ハーデンのシグネチャースタイルデザインがカッコよくて好きなのと、今の自分の動きに一番合っていると思うから。僕のポジションは他の人の倍の運動量があって方向転換も多いし、横の動きも激しいのだけれど、それにきちんと付いてきてくれるシューズです。試合が続くと足首の怪我が怖いのだけれど、ハーデン2は足首のサポート力が良いのもこのシューズを選んでいる理由です。靴下はチャンピオンを履いています。チャンピオンの靴下は可愛いくて、ファンから“可愛い”って言ってもらえるのが嬉しい(笑)。
僕は足周りをスッキリしていたいので、タイツはあまり履かず、パンツは短めです。汗っかきなので、ボールが滑らないようにリストバンドをしています。リストバンドは、昔のバスケ選手みたいで良いでしょう? 最近、リストバンドをしている選手は少ないけれど、僕発信でリバイバルするかも!」
——2018年11月時点では、横浜ビー・コルセアーズは中地区で最下位と厳しい状況です。ハングリーな“ビーコル”は、このままでは終わらないと信じていますが……! 田渡選手はこの状況をどう見て、どのように改善していこうと考えていますか?
「まずは、勝率を5割に戻すこと。そのために、1試合1試合、練習の1日1日を最後だと思って戦っています。1日を自分の最大限で生きる、それが僕のモットーでもあるから。ヘッドコーチが外国人で外国籍選手もいて、僕は英語が話せるので、日本人と外国人の間に入ってチームをまとめるのが僕の役割の一つだと思っています。
今シーズンはスタメンで出させてもらうことが多くて、責任感も増してきました。40分の試合の間、チーム全員が勝利という同じ方向を向くようにするのが僕の仕事だと思っているし、それができれば試合に勝てる。何が何でも勝ちたいです」
——自主練が終わって帰っていく選手の皆さんに、一人ずつツッコミを入れるのはチームコミュニケーションを円滑にするためですか? 田渡選手は、チームのムードメーカーになっていると感じます。
「これはね、僕の素の状態です。よく喋るんです(笑)。チームメイトはみんなハングリーで、試合の一瞬一瞬が勝負だとわかっています。ブースター(編注:チームのファンのこと)が応援してくれるのも、このハングリーさを評価してくれているからだと思う。自分たちを一番に応援してくれている人たちがいることが嬉しいし、その声援のなかでプレーできるというのは、僕の人生の一番の楽しみで、生きがいです」
アメリカ帰りの田渡選手は、シンプルなアイテムを組み合わせてハイセンスな着こなしを見せてくれました。チームメイトに突っ込み、賑やかに行われた取材では、取材陣を楽しませながら話すファッション論と、バスケの話の真剣な表情のギャップがすてきな田渡選手が見られました。
得点に絡むプレーはもちろん、ディフェンスのプレーひとつをとっても花のある田渡選手のプレーは、バスケットボールを知らない人でもきっと楽しめるはず。チームの苦境を一緒に乗り越えた熱狂的なブースターが多いことでも知られる横浜ビー・コルセアーズは、ブースター愛を感じるホーム戦が見ものです。一度、試合に足を運んでみてはいかが?
Interview&Text by 石川歩
Photo by 野呂美帆