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【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

2023.08.13

例えば、1990年代ごろの、その昔。僕たち私たちを魅了してやまなかった、あのブランドのあのモデルのスニーカー。カッコよくって光輝いていて、手に入れるために必死に頑張ったっけ。

……と、エモな思い出が蘇ってくる世代も、当時はまだ幼かった若者世代も。

あの頃のスニーカーには、どこか特別な意味がある。だから今もなお愛され、リバイバルするのだろう。

本特集では、そんなスニーカーを愛用している、“kicksラバー”にインタビュー。愛してやまない“あのモデル”について、たっぷりと話を聞きました。

あの頃の定番スニーカー・プーマ『スウェード』の魅力

今回話を聞いたのは、『プーマ(PUMA)スウェード<SUEDE>を愛用している@ryo____chanさん。

――生活において、スニーカーとどのようにかかわっていますか?

自身の職業は一般的な会社員です。見た目、キャラはおそらく営業職にしか見えませんが、一応元々製品開発に携わるような人間です。
さて、私のスニーカーとの関わりについてです。幼少時代からバスケットボールを続けており、高校では全国大会まで経験。このバスケットボール人生を通じてスニーカーやバッシュは比較的身近な存在でした。また最近では、会社の制服が自由になり、スニーカーを頻繁に履き替えて、気分転換しつつ仕事に励んでいます。休日は、スニーカー(特にPUMA)と服の合わせをいろいろ考えて、インスタへの投稿を楽しんでいます。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――購入した理由やキッカケは?

PUMAにハマったきっかけをまずはお話ししますね。私の地元は静岡県藤枝市です。これだけで、すでに察する方も多々いらっしゃると思いますが、藤枝にはMAGFORLIA(マグフォリア)というPUMAの聖地と呼ばれるお店があります。私の両親がたまたまテレビでMAGFORLIAが特集されていた番組を録画しており、その録画をみて興味と共に初めて訪れました。
店主の山田さんは、とても気さくな方でした。お店ではPUMAの魅力についてのお話だけでなく、靴の履き方、靴のサイズ合わせ(フィッティング)も丁寧に対応くださいました。訪問時にはPUMAに興味がなかったのに、帰る頃にはPUMAスニーカーを1足購入していました(私のPUMA1足目はBASKET 90680)。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

山田さんの魔法でPUMAの沼にハマり、今では浸かっています(笑)。SUEDE 90681の存在を知り、今では後継モデルSUEDE VTG、SUEDE VTG MIJの魅力にどっぷりハマってしまいました。
その中でも私の一番のお気に入りはSUEDE VTG MIJ MAGFORLIA。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――お気に入りのポイントは?

お気に入りのポイント。。。全てです。そのデザイン性に惚れています。
私のような素人からするとディティールがどうかなんて語れません。これがリリースされる時に、この靴をどうやって履きこなすか考えているのがとても楽しかった記憶があります。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――履く際のコーディネートやスタイリングでこだわっていることは?

パンツとスニーカーの合わせ。特にスニーカー×デニムの組み合わせが好きです。その際、ソックスも実は重要な引き立て役をしてくれていることをここ数年で学んでいます。白ソックスがパンツ裾とスニーカーの間からちらっと見えるコーディネートは大好物です。
※野崎兵輔さんのインスタをとても参考にさせていただいております。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

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今、自分がいろいろ試しているのは、オフィスカジュアルでPUMAを履きこなすこと。
シャツ×パンツ×スニーカー(PUMA)を開拓したく、自身のコーディネートを通してPUMAを履く人が社内で増えたらいいなと思っています。「社内でもPUMA良いですよね」と言われるようになり、男女ともにPUMA kicksが増加中(笑)。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――kicksラバーになったキッカケは?

もともと流行りものが好き! といった性格ではなく、VINTAGE、職人が創るものに魅力を感じる性格でした。
中学生で、自分のお小遣いで初めて購入したスニーカーはADIDAS JABBAR LOW。当時はNIKE AIR FORCE1、ADIDAS SUPERSTARを周りの子は履いていました。今思うとなぜそれを選んだのか覚えていないのですが、アッパー、ソールがとても柔軟で、カジュアルシーンでも、さらには屋外スポーツ、走るのにも不都合ない名作だと記憶しています。この頃から、靴・スニーカーが好きだったのかもしれません(直感的に)。

PUMAにどっぷりハマり始めて、最近憧れのスニーカーを数足購入。巷ではもうほぼ手に入らないSUEDE MID MIJ、自分もCollectorsしか見たことありませんが、その原型となったと思われるSUEDE(YELLOW名称不明)です。PUMA kicksラバーになった時には、もう発売しており、入手困難な一足だったので、山田さんから購入させてもらったものと、その後別でマイサイズを入手できた時には感動でした。宝物です。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――あなたにとってスニーカーとは?

“人の印象を支える大黒柱”
スニーカー、革靴もそうですが、シューズって実際、見える部分としては全体の10%くらいなのに、その人の印象の大部分を占めるアイテム。
ファッションにおいて“印象”はとても重要だと考えています。トップス/ボトムスの組み合わせをどれだけ引き立てられるか、あるいはスニーカーをどれだけアピールできるかを具現化することはとても面白いと実感しています。

【街に馴染むあの頃の定番スニーカー】聖地に生まれ、沼に浸かる・プーマ『スウェード』

――90年代のファッションやスニーカーへの思いを教えてください

生まれたのが1990年で、ちょうどその時期のファッションについては物心がついてない時で詳しいことはわかりません。
2000年前後は、NBAではヒップホップのようなルードスタイルが流行っていました。今を見てみるとユニフォームパンツは膝上丈でパツパツ。スパッツがパンツ下から見えるような、まるで80-90年代のようなスタイルです。そう思うと、ファッションってどんな周期か明確ではないですが、少し形を変えて戻ってくる(サイクルがある)なと感じます。
私はアイビー系が好きです。この系統は、50-60年代スタートで、ブレないものかなと個人的に思っています。それもあってアイビー×PUMAなんて組み合わせで、人とは少しテイストの違ったコーディネートに今後はトライしたいと思っています。

あの頃の定番スニーカー・プーマ『スウェード』とは

1968年にトレーニングシューズとして誕生した、50年以上もの時を経てもなおあらゆる世代に愛され続けるプーマの不朽の名作。80年代には数々の有名アーティストたちに愛用され、ヒップホップカルチャーやスケートシーンに欠かせないマストアイテムとして世界中にその名を広めました。スポーツシーンのみならず、ファッションや音楽、アートなどのカルチャーシーンに根付いたモデルです。

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