田臥勇太・比江島慎・竹内公輔……個性豊かな実力者チームの広報に聞く【Bリーグ広報のてまえみそ<宇都宮ブレックス編>】
2007年6月、10人のプロ契約選手でチームを発足した宇都宮ブレックス(※)。当時のバスケチームとしては当たり前の在り方だった企業のバスケチームではなく、地域に根ざした独立採算のチームとして歩んできたブレックスは、2017年にBリーグ初代王者に輝きました。
チームの発足から、栃木でこつこつと地域とのコミュニティを醸成してきた土壌は、Bリーグ屈指の人気選手を多く抱えるビッグクラブを育てました。バスケに詳しくない人でも“田臥勇太のいるチーム”といえばピンとくるのでは? 今回は、2012-13シーズンから宇都宮ブレックスの広報として、チームを見つめ続けている小野順一さんに話を聞きました。
※2019年7月8日、宇都宮市とのさらなる関係強化を目的に、チーム名称を栃木ブレックスから宇都宮ブレックスに変更することを発表しました
見習いたい。田臥勇太選手のメンタリティ
――宇都宮ブレックスには、なんといっても田臥勇太選手がいます。田臥選手は、ファンにとってもチームにとっても、“いるべき人”という拠りどころになっているように感じます。
「田臥選手は特別な存在です。日本人初のNBAプレーヤーであることもそうですし、これから先もずっと、彼に代わる選手はいない。日本を代表する選手だし、ルーズボールへの執着やプレーの泥臭さといった田臥選手のメンタリティが、ブレックスのチームスタイルはもちろん、フロントスタッフが仕事に取り組む姿勢にもつながっていると思います」
――田臥選手は、いつでも、どんな状況でも前を向く『ブレックス メンタリティ』を体現している。田臥選手のプレーを見ていると、“自分ももう少しがんばれるかも”という気分になります。
「2008年のブレックス入団から田臥選手がずっとがんばってきたこと、球際の泥臭いプレーは今のチームに浸透しています。田臥選手が、ブレックスのプレースタイルをつくってきたとも言えます。田臥選手は、芯の強さがすごいんです。たとえば、ダイエットをしようと決めても、魅力的な誘いがあったら明日からでいいか……という気持ちになったりするじゃないですか。田臥選手にはそれが無くて、自分が決めたことはブレずに貫く。彼はバスケが本当に好きだから長くプレーを続けたい、そのためにパフォーマンスを出せる体づくりをする。バスケを長く続けるために、生きているのだと思います」
「田臥選手は取材を受けるのも、本当にひとつ一つを大切にしています。相手が求めていることや自身の発言の影響力を確認して、共演者がいる場合には、その方の事を少しでも知ってからのぞんでいます。そういう田臥選手の姿を見て、スタッフから選手達へのイベント等の依頼もしっかりとしないといけないと思う。田臥選手は、どんな物ごとに取り組むにしても、準備をすることがどれだけ大切なのか、改めて気づかせてくれる存在です。彼は、たとえ他の仕事を選んだとしても、一流の人になっていたと思います」
ラジオで共演中の渡邉裕規選手と、みんな大好き比江島慎選手
――宇都宮ブレックスは本当にタレント揃いで、一筋縄では紹介できない選手ばかりですが……。ラジオ(※)の相棒・渡邉裕規(わたなべひろのり)選手についてお聞きします。バスケ選手なのに講談師みたいに面白くて、ずっと話を聞いていたくなる、スポーツ選手として稀有な存在ですね。
「相棒ではなくて(笑)、渡邉選手のラジオに僕が出させられているんです。僕はそこまで出たがりではないです。渡邉選手は声がよくて、ラジオで聞いても耳ざわりがいいですよね。放送は栃木圏内ですが、radiko等で北海道や秋田で聞いているファンの方もいて、アウェー戦のときに“ラジオ聞いています”と、渡邉選手への差し入れを渡されたりします。影響力はすごいなと感じています。僕は渡邉選手と6シーズン一緒にいますが、どんなときも本当に裏表がない選手です」
――ブレックスには、昨シーズンから入団した日本代表のエース・比江島慎選手もいます。比江島選手は、ブレックス入団直後にオーストラリアのチームに移籍して、5ヶ月後にブレックスに戻ってチャンピオンシップで活躍するという濃いシーズンを戦いました。
「僕たちは地域密着のチームなので、地元メディアに取り上げていただくのも、僕の大きな仕事の一つです。比江島選手入団のニュースを発表したとき、日本代表のエースがブレックスに入団することに地元メディアの皆さんも喜んでくれました。そんななかで、ブレックス入団からオーストラリア挑戦に続くストーリーができて、比江島選手を取材してくださるメディアは多かったです。彼の代わりはいませんから、本当に多くの取材を受けてくれて感謝しています。比江島選手は、プレーの魅力はもちろんありますが、いつもニコニコとしていて人を悪く言うこともない。攻撃的な性格ではないし、言動が穏やかで、みんなから愛される人柄だと思います」
――他にも、日本代表の竹内公輔選手、昨シーズンベスト5に選ばれた遠藤祐亮選手など、挙げればキリがないのですが! こんな個性豊かで実力者が集まったチームの広報をするにあたって、小野さんが心がけていることはなんですか?
「選手たちはみんな、他の人にはできない特別な才能を持っている人たちです。僕はそこを尊敬したうえで、信頼関係を築いていきたいと思っています。僕は選手のことを上だとも下だとも思っていなくて、同等の立場でお互いに率直にものを言い合うことを大事にしています。取材やイベント出演の依頼も、その選手とチームにどんな影響があるのか、素直に意見を交わし合う。鵤(いかるが)選手にイベント出演を打診すると、“いや、無理!”っていきなり言ったりする(笑)。もちろんそれは彼なりのジョークで、きちんと出演してくれます。一つの出演依頼も面白おかしく対応してくれるから、そんなやりとりから楽しんでいます」
※栃木のFM 局RADIO BERRYで毎週木曜21時から放送している『ナベのくせに』。渡邉裕規選手がパーソナリティを務め、小野さんが聞き役で毎週登場している。Bリーガーがゲストに出ることも多い
2009年、安齋竜三選手の思い出
――2012-13シーズンからブレックスにいる小野さんは、安齋竜三ヘッドコーチの選手時代も知っています。安齋選手が2008年にブレックスの主将になって、同じ時期に田臥選手が入団。2013年に安齋選手は引退して、ブレックスのアシスタントコーチになった。バックグラウンドを知ると、いまこの2人がHCと選手としてブレックスで戦っているのが感慨深いです。
「僕が初めて2人と会ったのは、2009年の夏です。当時僕は鹿児島のチームで広報をしていて、鹿児島でやるブレックスの夏キャンプの窓口をしていました。そのシーズンは、田臥選手・安齋選手が怪我でチーム練習に参加できず、僕がトレーニングジムに2人をアテンドしたこともありました。このキャンプの次の年にブレックスが優勝して、すごく嬉しかったですね。当時は、企業がバスケ部を持っているのが普通だったので、プロチームが企業チームを下して優勝したことで、日本のバスケがこれから変わっていくのではないかと期待した。いちバスケファンとして、わくわくしていました。安齋HCは試合中に怖いイメージがあるようですが、全くそんなことはなくて、とてもピュアな人物だと思います。勝ちたい気持ちが本当に強いので、試合中は険しい表情が多いのですが」
“ファンありき”のブレックス
――プロスポーツ選手として、際立ったパーソナリティを持っているのは大切だと思います。ブレックスはそんな選手たちが集まっていて、皆さんてんでばらばらに個性的なのに、チームで見るとどこか共通項があるように感じます。
「ブレックスには、セルフィッシュな人も、チームの輪を乱すような言動をする選手もいません。外国籍のジェフ・ギブス選手もライアン・ロシター選手も、“自分たちは助っ人”ではなく、お互いを尊敬しながら日本の選手と同じ考え方でプレーをしています。取材やイベントも、プロとしてやるべきという気持ちがある。その気持ちの源にあるのは、多くのファンの方々に応援してもらっているという大前提があるからだと思います。僕たちフロントスタッフは、試合やイベントに多くのファンの方々が見に来てくれるように準備や告知をしっかりやる。選手たちは、たくさんの人の前で戦う。“自分たちは、たくさんのファンに、きちんと応援されている”という実感が、プロ意識を高く持つ一番のモチベーションになっていると思います」
――それこそ、チーム設立当初から、地域密着でコツコツと地域との関係を積み上げてきた結果なのでしょうね。小野さんが印象に残っている、ブレックスファンのエピソードはありますか?
「ホーム戦はファンの皆さんの声援で、試合中に何度も鳥肌が立っています。なかでも最近僕が感動したのは、2018-19チャンピオンシップ セミファイナルの千葉戦です。アウェーのブレックスファンは、なかなかチケットを入手できずに、いつもよりファンの人数が少なかった。それなのに、『レッツゴー栃木』のコールが人数に対してすごく大きかった。この人数で、この声量はすごいって鳥肌が立ってしまいました」
――どんな結果でもシーズンが終わるといったんリセットして、もう一度、次のシーズンを戦うために準備をしていく。落ち込んでいてもやるしかない状況があるスポーツチームの仕事は、メンタルが鍛えられそうです。
「この仕事の幸せなところは、自分の仕事で毎週一喜一憂できること。他の仕事では味わえない、どきどきがあります。僕も他のフロントスタッフもチームのファンだから、試合で負けると落ち込みます。でも、そういうときこそ、応援してくれるファンの皆さんと、対戦相手への尊敬を込めて、SNSでは前を向く姿勢を発信するように心がけています。ブレックスに携わって嬉しいことのひとつは、選手・フロントスタッフ・ファン・地域との一体感を感じながら生きられること。ブレックスの強みは一体感で、それは誰か一人が何かをしたから作り上げられたものではなく、チーム創設から取り組んできた様々な要素が積み上げてきた結果なんだと思います」
文:石川歩
写真:白松清之
写真協力:宇都宮ブレックス、エフエム栃木RADIO BERRY『ナベのくせに』